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imagine the future

  • 2015/11/13(金) 00:45:03

少し、重い話です。

つくばから、ナガノへ戻ったのですが、実家へ帰らず、アパートで暮らしています。

理由は、以前にもお話ししましたが、母と一緒にいることが、
私にとって大きなストレスとなり、結果として、皮膚筋炎の発病になったからです。

自己免疫疾患、一般的には、膠原病と呼ばれるグループに属する皮膚筋炎は、
全快ということはなく、病状が落ち着いている「寛解」という状態と、再び悪化する
「再燃」を繰り返していきます。

私の場合は、2年前の9月に入院し、ステロイドの投薬治療を開始。
55mgからスタートし、2ヶ月たった10月末、40mgで退院。
昨年の8月までに10mgまでステロイドの減量をしました。

ステロイド投薬を受けたことのある方は、ご存知かと思いますが、
ステロイドの量が10mgぐらいになった時が、病状の再燃が起きやすいのです。

入院中に親しくなった、60代の女性は、膠原病の一種である、強皮症で、
10年以上も闘病されていましたが、ステロイドの減量期に、圧迫骨折や、
間質性肺炎を起こしてしまったため、ステロイド以外にも、
免疫抑制剤の投与を3ヶ月に一度受けていましたが、常時酸素吸入が必要になり、
今年の8月にお亡くなりになりました。

私の場合は、今のところ、幸いにも、重い症状はでていません。
1年間の10mg投薬も終わり、この8月から、4週間で1mgのペースで、
再び減量を開始し、現在は、月曜日と木曜日は10mg、その他は6mgを飲んでいます。

ナガノへ戻ってからの主治医は、2年前に筑波大学附属病院に入院するチャンスを与えてくれた方です。
ドクターは、ナガノへ戻って最初の外来で、私と、付き添ってきた妹に対し、
こう言ったのです。

「ストレスになるようなこと、やったら、だめですよ。
約束を破って、再燃したら、ボクはもう診ませんから。」

妹は、後日、こう言いました。

「先生は、お姉ちゃんだけでなく、ワタシにも念押したんだよ。」

ストレスになること、つまりは、母との接触です。

母には、認知症的症状の他、精神疾患の症状があるようです。
支配欲が旺盛で、私や妹の他、親身になってくれる他人さえも、
自分の思い通りにうごいてくれるもの、と思い込んでいます。

私がナガノを離れていた約2年間、母の攻撃の被害者は、妹夫婦でした。
時間を問わない電話攻勢、マンションへの押しかけ。
電話攻勢は、彼らの自宅だけでなく、妹の職場へもおよび、
妹が仕事を辞める大きな理由になりました。

最近では、ケアマネさんや、デイサービスの方、民生委員さんが、
妹に対し、
「もう少しおとなしくなるまで、放って置いても大丈夫。
あなたの身を守ってね。」

こう言うぐらいになりました。

母の異常行動と、妹夫婦が受けた被害を挙げていてはキリがないので、
これで止めます。

そんな母が玄関前で転倒し、市民病院に入院しました。
転倒状態を発見し、救急車呼んでくださったのは、私が家を出てから引っ越してきた隣家の方でした。

妹は、母に会う前に、市民病院のソーシャルワーカーに会いました。
母のこと、私のこと、自分たちが母に受けた被害のこと。

ソーシャルワーカーさんの意見は、

「そういう事情なら、お姉さんは病院に来る必要はありません。」

今日(12日)、母は骨折した股関節の手術を受けました。
手術なので、病院側は、家族の付き添いを求めてきました。
妹が行ったのですが、母は妹に対し、

「お前の付き添いなんかいらない、帰れ!」

と、ナースステーションの横の病室で叫んだそうです。

妹は、それでも、手術後の説明まで受けて帰宅しました。

私が母から逃げてからずっと、妹は頑張って母に対応し、
ダンナさんは、そんな妹をささえてくれている。

今の私にできることは、二人に対してアリガトウを言うことと、
自分の体調管理をきちんとして、彼らに迷惑をかけないことだけだ。

今日を精一杯生きよう。
そう、自分に言い聞かせている。

筑波大学プロモ

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